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| カードで遊んで英語大好き! = 多機能教材「B.B.カード」の実践法 = |
| 難波悦子著 アプリコット 2000年5月10日初版発行 定価1600円+税 |
≪第9章≫ 「B.B.カード」に寄せて........実践英語教師からの報告 P144 : 8.より以下抜粋
私が「B.B.カード」と知り合ったのは概に10年近く前のことです。そして今、やっと私なりに「B.B.カード」を柱とする授業のカリキュラムを各クラスの子供たちの顔ぶれと目的に応じた内容で考えられるようになりました。今でこそB.B.を中心にしたカリキュラムで展開していくことに信頼感を持っていますが、思い起こせば、現在にたどり着くまでたくさんの回り道、寄り道をしてきたものです。しかしながら、数々の通った道があるからこそ、B.B.の良さや素晴らしさをたくさんの経験を踏まえた上で、感じ取ることもできます。
私が英語指導を始めたのは、アメリカに1年間留学して帰国し、千葉の実家に戻った時でした。その後、結婚をして横浜に移り、塾で中学生の英語講師として3年ほど勤めました。また、自宅でも小学5・6年生2〜3人のクラスが3クラスほどありました。
自分が英語を知っていて、留学中も生活するには困らない日常会話ができたことと、人に英語を指導することは、別の知識が必要なことを初めてしりました。そこで私は、今までになく真剣に英語の勉強に取り組みました。勉強嫌いの私が、指導する立場に立つ事によって英語の勉強を続けられる利点を感じて、最初は英語指導に携わり始めた気がします。後に私は3人の娘に恵まれ、2人目と3人目が年子でしたので、塾の講師は辞め、自宅で見ていたクラスも減らして行きました。いよいよ最後の生徒が卒業する時、このまま英語指導を止めてしまう事は、とても辛い事だという自分の気持ちが分かりました。何とか趣味の一部として続けたいと思い、英語教室として開室する夢を持ちました。
その後、ある英語教材の名前を留学時代の友達からの年賀状で知り、購入したのをきっかけに教室開室テストを受け、下の娘が2歳になった年の4月に教室を開く事になりました。
この頃の私は、小学校高学年にならないと英語教育は無理という先入観がありましたが、この英語教材では、母国語方式という考えかたのもとに、赤ちゃんが生まれたら直ぐテープを聞かせて英語の環境作りをしてあげましょうと掲げていました。この時、長女は既に6歳になっていました。私は、「今まで、人の子にばかり一生懸命英語指導をしてきて我が子に気が付かないで来てしまった」と自分を責めました。これは当時の私にとって衝撃的な情報だったのですが、現在、何人ものこの教材を持つ子供たちとかかわりあってきて思います。確かに小さい頃から英語のテープを聞かせる事は、それなりの効果もありますが、現に日本の環境の中で生活する子供たちにとって、せっかく聞いた英語を実践出来る場がどこにもないのですから、身につけられるほど訓練はできないということになります。家庭環境を整え、いくら生まれて直ぐシャワーを浴びせるごとく英語を聞かせておいたとしても、日本語を習得していくのと同じプロセスでは決して英語を習得していくことはできません。
とにかく、当時の私はそんな結果を知る余地もありませんでしたから、信仰にも似た要素となって幼児・児童英語の世界に足を踏み入れていったのです。
我が子と一緒に英語を学んでくれる子供を求めて募集したところ、なんと30人以上の生徒が集まってくれました。それは単純にうれしいと言う気持ちよりも、大きな責任を感じ、趣味の一部では済まなくなったのです。それと同時に、「我が子を忘れている」と気づいて自分を責めたのもつかの間で、たくさんの子供たちに英語を指導していく楽しさを知っていきました。
教室開室後一年目は月謝を安くしたせいもあり、思いきり楽しく英語で遊ぶことができました。その結果、3歳児から9歳までの生徒がいたのですが、どの子も私の期待していた以上の英語を吸収してくれました。英語に限らず、勉強が子供たちにとって遊びの要素を含んでいれば、持っている力を無限に発揮する能力がどの子にも備わっていることを、この時発見しました。
夢に見た英語教室が開室でき、いきなり30人以上の生徒に恵まれ、私の生活は一変しました。毎日のように手作りカードの製作や、教室に来る子供たちの喜びそうなおもちゃやゲーム、シールなどを買いあさり、一週間に一度の英語教室を楽しみにして来てもらおうと日々努力をしていました。開室9ヶ月目にクリスマス会を兼ねた発表会を催し、教室運営についても工夫をこらし、自分なりに英語教室という名前に恥じないようにしていこうとがんばっていたのです。
そんなある日、初めて英語研修会に出席しました。その時、英語教室という看板を掲げてやっていく以上はプロとして認めてもらえる英語指導者になっていきたいと、次の私の目標を見つけたのです。
まず、月謝の値上げをすることにしました。月謝が安いというのは、生徒も簡単に休みますし、私の気持ちにしても、どこかにこの程度やっていればとか、長い間には不満にもなっていくと思いました。そして、その月謝の値段に見合った指導能力が私にあるか否かを生徒たちに選択してもらい、選ばれる英語教室になっていくための努力を始めたのです。
私は、娘を連れて他の英語教室の体験授業を受けてまわり、種々の英語研修会にも出席するようになりました.私の教室に来た生徒には、必ず英語の力をつけさせてあげたいという思いがふくれあがり、指導テクニックを身に付けようと必死でした。この頃の授業内容は、歌あり、踊りあり、フラッシュカードあり、ゲームあり、おもちゃありの、ありとあらゆる英語研修会で得てきたやり方を全て取り入れて行っていました。
軽い気持ちで英語を教えだし、趣味の一部程度に考え、我が子と誰か一緒にやってくれる子がいればと教室を開き、いつのまにか英語指導者のプロを目指したいと思うようになっていきました。
英語力に自信のない私ですが、教室に通う生徒たちと接しているうちに指導者としての自信が徐々についてきました。特に幼児・児童英語指導において大切なことは指導者の英語力よりも子供たちの心理を理解した指導力だと思えたのです。そして私の生徒たちに果たす役割はと言うと、英語学習の楽しさを教え、やればできるという体験をさせ、学習方法を伝えることで、その後は生徒の気持ちを尊重し、信頼して待ってあげることなのです。
生徒たちにとってのゴールは私の手を離れた後にやって来るのですから、教室にいる間はゴールを掲げて、そのゴールを目指す必要はないと思います。教室で私が生徒たちに伝えてきた事が、教室を去った後影響を及ぼして、自らがあらためて英語を選択し、学習を続けていく意欲を持てるよう教室にいる間に刺激してあげられる指導をと、常に心がけたいと思っています。
少しずつ私と教室の関係も出来上がり始め、あちこちの研修会に出席した最後になって「B.B.カード」を知り、初期研修会に参加したのでした。それまでも研修会に出席するたびにカルチャーショックを受け、その指導方法を身につけ、教室で実践し自分のものにしてと、幾度か繰り返していたにもかかわらず、またもや新しい指導法に出会ったのです。いつものように、どん欲にこの指導方法も身につけて即実践と思い飛び込んではみたものの、いままでとは何か違うものを感じていました。
まず、「B.B.カード」に出会った時、この指導方法を身につければ、年齢がいってからも子供と一緒に英語で遊ぶ事が出来るに違いないと思いました。この時点での私の授業はというと、踊りをつけながら歌をうたい、動きのあるゲームや、おもちゃ類を含めた教材を使ったりしながらやっていましたから、何時かは体力の限界を感じる日がくるだろうということにも気づかされました。ですから、何年かかっても「B.B.カード」習得までじっくり取り組む覚悟をしたのです。
まずクラスに導入する前に、私自信が文章を暗唱し少しでもスムーズに言えるようにしておこうと思いました。生徒がカードの文章をどうとらえ、カードの基本ゲームのビンゴをどう楽しめるのかを理解しておきたいとも思いました。そこで夏休みを利用し、私の娘3人にそれぞれカードを持たせ、旅行にいった先々で時間があるとビンゴゲーム、家庭でも娘が暇そうにしているのを見つけてはビンゴゲームで遊んでいました。娘たちは喜んでビンゴゲームをし、そのうち片言ながら文章も言えるようになっていったのです。
これでクラスに導入する自身はついたものの、生徒たちが文を言えるようになった後は、どのように展開していったらよいのかが、今一つ疑問のままでした。しかし将来的にB.B.の指導法が私に身について行けば、生徒たちに英語の楽しさプラスしっかりとした文法を入れてあげられるという確信は持つことができました。その後、直ぐに導入はしてみたものの最初の一年間はひたすら文の暗唱と、動詞の活用を「おまじない」で唱えるだけでした。今まで使ってきた教材も一挙に手放すことはできず、授業の3分の一程度を「B.B.カード」でビンゴをする程度でした。この当時、「グループ4」まで生徒に暗唱させるだけでもかなり大変なことに思えましたし、私自身も絵カードを見ただけで、すぐに文を言うことも大変でした。
友人の話で「グループ1」の16枚のカードが「ベティ・ボター」でそれ以外のカードは「ニセボター」という名前を生徒につけられたと聞きました。これは「グループ1」のみになじみ過ぎてしまったからだと思います。その時友人は、「グループ2」から先の文がスムーズに出てこないことがおっくうで気が進まず、手をつけづらかったとも言いました。つい私たちはうまく進まない時に生徒が原因と思ってしまいがちですが、たいていは指導者の方に問題があることが多いようです。
ある時、これから「B.Bカード」をクラスに導入するという他の友人に、毎回新しいグループを入れながら「グループ1」は必ず行うという方法を試してもらいました。思った通り、先生が躊躇せず入れてしまえば生徒もスムーズに受け入れて行き、毎回「グループ1」は入れているので、他のグループを紹介するたびに「グループ1」への親しみが増したのか、リピートする声の大きさも加速していったそうです。そして、先生にとっても思ったより早く64枚のカードに親しむことができたようです。先生自身が出会ったばかりの、しかも、64枚のカードの文全部に自信を持って言うのはなかなか困難なので、最初は文字カードを見ながら一挙に「グループ4」まで手をつけた方が良いと思います。先生に自信がついて来るのを待って「グループ1」ばかりで何ヶ月間も行い、「グループ2」以下を放っておいたとしたら、結局手付かずのままになってしまう恐れがあるのです。「B.B.カード」を初めて使って指導される方は、ぜひこの方法を試してみてください。
私が初めて「B.B.カード」を導入したクラスの生徒たちは、結局、中学進学前にやめてしまいましたので、中学校での様子を聞くために電話を入れてみました。「なんと言っても、目に見えて役立っているのが、なんだか分からないまま言わされていた動詞の活用のおまじないだ」と言いました。先輩たちが中3になって必死で覚えている動詞の活用が簡単に体から出て来る感じなのだそうです。
中学での文法を習得していく時になって、現在形の動詞を覚えた後に過去形の動詞、現在進行形を習う時になって動詞に‘ing’をつけ、受身や現在完了に来て過去分詞形というように、動詞を分けて一つ一つ覚えるとしたら4回覚え直していかなければならないわけです。しかし、buy-bought-bought-buyingと最初からおまじないのように、何がなんだか分からなくても入れてしまえば、一度ですんでしまう分、繰り返しを多くしてあげれば、結果的に最小限の労力で最大限の力を発揮できることになります。
「B.B.カード」の製作者である難波先生の良く言われる言葉に、「先行知識となるものを生徒に与え、そしてそれを反復することで長期記憶に送り込む」とありますが、この動詞の活用のおまじないという方法も、まさにこの言葉の通りと言えます。そして、これは英語の指導者ならば当然分かっていながら、気づかない方法だと感心しております。
生徒との電話でもう一つ気になったのが、「中学校の英語の授業は、英語の勉強をしているのか、日本語の勉強なのか、難しい日本語がたくさんでてくる」と言っていたことです。これは文法用語をさしていたのですが、私は慌ててその時「三角印」と教室で使っていた言葉が「前置詞」を示していることなどの説明をしたのでした。
私はその頃、児童英語はあくまでも楽しく、英語嫌いにさせないよう気を使っていましたから、中学に進めば当然出会うであろう頭の痛くなるような文法用語を授業の中で使う事はタブーにしていました。しかしそれは不親切であったことに教室を出ていった後の生徒の話から知る事ができました。文法用語を使っても小学生では理解しないだろうし、無駄な気がしたのですが、今思えばただ子供をバカにした話に思えます。
これは指導者の考え方で、子供の能力の切捨てを行っていたことになります。指導者が生徒に伝えようとして構えれば、何度も繰り返し聞く事で理解していくものです。指導者があきらめてしまうことが、生徒の前に進もうとする道をふさぐ原因を作っていることが多いと思えます。
そこまで気づき、頭で理解したものの、体は思うように動かず、一番苦労だったのは行動に移す事でした。自分を変えていくのはとても大変な作業で、最初はどうにもぎこちなく、生徒たちに拒否された経験もあります。今でこそ簡単に思える事が当時の私には大問題となっていたのでした。
ある日突然、私は覚悟を決めた上で「現在・過去・未来」という言葉をクラスで初めて使ってみたところ「そんなのいいから、いつものゲームをしよう」となってしまったのです。毎時間私も懲りずに、メロディをつけてみたりしながら言い続けていました。そのうち生徒の方があきらめたのか、その時に理解はできなくても文法用語を聞ける態勢に変わっていきました。
それから一年後、文法用語をスゴロクの道に書き込んだゲーム(現在の、ダイナソーボードゲームbRの原形)が出来上がりました。文法用語をその場で理解しようとしなかった生徒たちが、ゲームのルールにすることで頭を回すようになり、自ら「次、過去出ろ。過去出ろ。」とその用語を口にしてくれた時の感激は忘れません。一度でも子供たちが受け入れてくれたという経験が持て、文法用語を使っていく自信のついた私は、スゴロクゲームだけに頼る事なく、どんどん文法用語を使っていけるようになったのです。
私にとって、「B.B.カード」のこんな所の良さも導入のきっかけでした。いつも子供たちは与えた英語を直ぐに覚えてしまい、スピードをつけても次から次へと答えるようになってしまうので、子供の能力のすごさに驚いていました。しかし半年間その英語に触れず、次の内容をやっていると、たちまちあれほど言えたはずの英語をすっかり忘れてしまっているのです。覚えるのも早いけれど忘れるのも早いのが子供の特徴だからと、次の手段を考えるゆとりを持ち合せなかった私の前に「B.B.カード」との出会いがありました。「B.B.カード」でしたら、基本はいつも同じ文章で次へ発展させますから、少なくとも64のオリジナル・センテンスだけは長期記憶へと導いてあげられます。
これは、英語教室へ何年も通わせても何をやっていたのか分からないとなってしまう親の気持ちや、結果的に子供に何を残すことができたのか、不確かなまま児童英語を卒業して中学英語に送り出すことになってしまうのでは、という私の不安も一挙に解消できたことになります。
楽しいだけの児童英語はかえって不親切であり、中学英語とのギャップの中で子供たちを苦しめる結果となってしまいます。母国語でない言葉を習う以上、ましてや日々訓練できる環境が整っていない現状の中で習得していく為には、最低限の文法の知識を入れてあげることが不可欠なのです。
他の教材や他の指導法で、開室当時から通っている生徒が火曜日、水曜日のクラスで、入会と同時に「B.B.カード」中心のクラスが木曜日、金曜日で現在授業を行っています。これは私にとって、「B.B.カード」の効果を比較しやすい状態にありました。
「B.B.カード」のセンテンスには、中学3年生までに学ぶ時制と文型がほとんど入っていますが、無の状態にある生徒たちに最初から与えても、怖気づく事なく暗唱していきます。意味はというと、語・句単位で絵カードをヒントにいつも「何だろうね」と投げかけながら一緒に考え、先生の方からセンテンスの意味をまるごとは与えません。知っている語・句をつなげてセンテンスを言わせるのではなく、センテンス全体から入っていき、徐々に語・句ごとに考えさせて分かる所から理解していきます。従って、与えられたものを知識にしていくのではなく、自分で考えた事を知識にしていきますから、考える頭が養えるようになります。
「何だろうね」と投げかけると、そこで生徒たちはめちゃくちゃな答えも含め、いろいろなことを言ってきます。「当たり」「はずれ」と言いながら対処していくのですが、こうしたやり方によって生徒たちは間違える事を恐れず発言でき、「はずれ」の発言からは、次の問題への発展にもつなげることができます。一回の「B.B.カード」のビンゴゲームに何十分もかかってしまうこともありますが、その間には英語を中心とする生徒たちの好奇心が満たされるコミュニケーションもはずんでいきます。
今までですとゲームの楽しさを誇張することで引っ張るしかなかった生徒たちの気持ちを、英語学習に対する興味を湧かせながら育てる事ができるのです。生徒たちの興味や、学ぶ姿勢に明らかな違いを感じています。
火・水曜日クラスは楽しいゲーム性のある授業への欲求が強い為、木・金曜日クラスよりも一つ、2つ多めにゲームを用意することになり、私の授業準備にかかる時間にも差が出てくる事になります。
ほかに「B.B.カード」の特徴としてあげられることは、たとえ64のカードセンテンスの暗唱と動詞の活用のおまじないで終わったとしても、文部省認定の英語検定受験時には他のテキストや、ワークシートを使うより楽に指導することができました。また今までの教材ですと、覚えたセンテンス一に対し一の知識を身につけますが、「B.B.カード」では覚えたセンテンス一に対し10〜20の内容に広げていくので、学ぶ側にとっては分りやすくなります。しかも韻を踏んでいるセンテンスですので、年齢、個人の能力に関係なく言いやすく、覚えやすくなっています。
教室開室当時は2〜3歳児の生徒もいました。幼い頃から英語に触れさせてあげることは良いと思いますが、「B.B.カード」で指導するうちに、英語教室に通いだすのは小学校一年になってからで十分だと思えるようになりました。「B.B.カード」の指導法ですと小学校中学年からでも立派に発音や英語のセンスが身につけられると思います。また小学校6年生までに「B.B.カード」がしっかり入ってしまえば、中学生になってわざわざ教科書を持ち出してやる必要もなくなりました。
私はこうした「B.B.カード」との付き合いの中、もっとたくさんの人が「B.B.カード」を知り、「B.B.カード」を理解する指導者が増えてゆき、日本の子供たちがもっと英語を習得しやすくなることを、今夢みています。使える英語として習得出来ない日本の英語教育を変えられる力を、「B.B.カード」は持っていると思うのです。
日本の子供たちが育つ環境と、英語を母国語習得の原理に置き換え、英語学習における心理や脳の働きをも考慮した英語指導法はどこにも見当たりません。日本の英語教育のあり方を根本から見直してもらうきっかけとなり、英語習得に悪戦苦闘する多くの日本の子供たちを救っていく事を、私は「B.B.カード」に期待しています。
今後の私の課題は、「B.B.カード」哲学をより一層理解していくことと、その実践です。
しかしその前に、一人の指導者として、日々教室で生徒たちと接しながら感じることもあります。親の後ろ姿を見て子供が育つように、教室にやって来る生徒は結局先生の真似をして英語を習得していくので、ただ最良の教材と指導法を備えていても機能しません。この指導者の真似ならして見たいと生徒が思ってくれるだけの熱意を常に注いでいくことがまず必要だと思うのです。本読みをして感じる事は、先生の読んだ通り生徒も読みますし、純真無垢な子供たちはたとえ間違ったとしても、その通りに真似するものです。これは指導者として大変怖い事であり、責任重大でもあるわけですが、反面やりがいや喜びにすることもできます。
いつも生徒の顔や習得度を見ながら、これでいいのだろうかという自分への問いかけと、指導者として生徒とかかわりあう上での勉強の必要性は、どんな教材でどんな指導法を取ったとしても前提に掲げておかなければならないと思います。